人生はハッピーエンドがいい

同級生が自殺した。

 もう随分前の出来事だし、訃報を聞いた瞬間に一緒に授業を受けていた記憶が呼び起こされるものの、涙するまではいかないような関係性だった。関わりが浅かったからこそブログのネタにするような薄情な事ができるのかもしれない。それでも親族を除いて一番身近な訃報だった事は変わりなく、普段あまり考えないことを考えるきっかけとなった。

 辛辣な表現になってしまうが、彼女の人生は多分バッドエンドだったのではないかと思う。

 この件に関わらず、未来に希望が持てなくて自ら命を絶つ人、病に命を奪われる人、不慮の事故で命を落とす人、全て良い結末とは言い難い。

 「じゃあ自分は今死んだらハッピーエンドと言えるのか?」

 自殺や病からは縁遠い人でも、帰り道に事件に巻き込まれて命を落とす可能性はいつだってある。亡くなるまでいかなくとも、身体の自由が奪われたり、身近な大切な人が不幸に見舞われる可能性もある。

 もし自分が明日事故に巻き込まれてしまったら、自信を持ってハッピーエンドだったとは言い切れないと思う。まだ喫茶店開けてないし、ハワイに行ったこと無いし、オーロラを観たこと無いし、松井咲子にも会えてない。

 アメリカではこのような「死ぬまでにやりたい事リスト」のことをバケツ・リスト(Bucket List)と呼ぶ。私がハッピーエンドを迎えるにはこのバケツ・リストに未達成の項目がまだ多すぎる。たとえ100歳まで生きれてもやり残した事が多ければ同じだろう。

 つい忘れがちだけど、バケツ・リストの項目を達成するにはどれもお金、時間、体力が必要で、それらのリソースはどれも有限。日々の生活に忙殺されてしまうと当然リソースは徐々に消費されてしまう。

 最後の最後にハッピーエンドを迎えられるよう、限りあるリソースを賢く配分していきたい。

kyuto
 

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